ソウル紀行
 
ペンネーム「マワちゃん」から、昨年(2002年)12月にソウル旅行をしたときの「思い出日記」が寄せられました。ソウルのグルメにすっかり魅せられた…って感じですね。やっぱり韓国の大きな魅力の一つが食文化ですよね〜。ご本人の許可も頂戴しましたので、寄せられた内容を皆さんにもご紹介します!
    
前回号はこちら
≪第1日≫
雨の中、AM10:50鹿児島空港国際ターミナル集合。
今回の同行メンバーは会社経営の
S社長とY部長、紅一点のMさん、それに私を加えた4名。今回で,私の訪韓は4回目となったがソウルは2回目。

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12:50鹿児島空港発、1時間15分程度のフライトで無事にインチョン国際空港へ到着。やはり韓国は近い。空港からは旅行会社の車でソウル中心部へ移動。夕方で渋滞がすごい。ホテルチェックインの前に免税店経由でレストランに寄ってプルコギ食べ放題の夕食となった。ツアーでは珍しく食べ放題と聞いて燃えない訳が無い。もちろんキムチはお代わり自由なので、遠慮なくいただいた。出来るだけ韓国語を意識して話そうと「キムチ チュセヨ」「メッチュチュセヨ」とお願いしたらよく通じたようである。簡単なやり取りでもうれしかった。 
ツアーでは日本語のできるガイドさんがホテルまで同行してくれるが、ガイドさんに「ホテルカジ ミョップンチョンド コルリムニカ」質問したところ「シボーブン・…」という単語しか聞き取れなかった。まだまだ勉強は続く・…。
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イテウォンホテルへチェックイン後は早速、イテウォン周辺を散策開始。イテウォンは米軍の施設近くということで欧米人が目立つ。しかし今の時期反米感情が高まっている最中であり普段より外出している欧米人は少ないのかもしれない。心配していた気温については、しっかりした冬服を準備していたこともあるが、冷え込みは厳しくなかった。
イテウォンの大通り沿いにS社長の友人が経営している店がある。ご主人の名前はジョンさん。かばんや衣料品を取り扱っている。私は今年3月以来の再会となった。コーヒーをいただいて、特に買い物をするわけでもなく、雑談などして過ごした。
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 その後は東大門市場へ移動。月曜日の夜遅い時間ではあるが、人通りが多く、とてもにぎわっていた。屋台や露天が多くあり、衣料品、靴などがとても安かった。ミリオレやドゥサンタワー等のビル内では日本語OKの店が多かったが、露天商では日本語が駄目の店があった。まそれでも「クゴ ポヨジュセヨ」「Lサイズ イッソヨ」といった会話で、ときには英語を交えたりして買い物はできた。Mさんは韓国語は全く駄目なのにいろいろ買い物をして、しかもまけさせたりして、女性はたくましいと感心。東大門一帯を歩くだけでも距離があるので、お腹もすく。屋台のポンテギ(蚕のサナギ蒸し)はおやつで、この日5度目の食事でトゥブチゲを食した。ポンテギはカップ一杯で2,000ウォン。見た目は虫そのまんまだ。食べてみるとあまり味はしないが香ばしい食感がある。カロリー控えめで高タンパクのヘルシーな食材である。屋台のアジョッシ(おじさん)が、男性自身にいいよとヂェスチャーで勧めてくる。女性も一緒にいるのになぁ、もぅ。
 この後の東大門巡りは、深夜3時ぐらいまで続いたのであった。

≪第2日≫

 天気は曇り。無風でそれほど寒くない。昼前ホテルを出てイテウォン界隈を散策
した。まずは食事のためレストランへ。早くもビールとトンドンジュで乾杯。食事は石焼ビビンバとサムゲタン。もちろんキムチはお代わりした。珍しくイカキムチが出てきたのはうれしかった。まわりの席には日本人しかいなかったみたいである。正直言ってサムゲタンはいまいちであったが完食した。
       
サムゲタン     石焼ビビンバ     各種キムチ

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食後はタクシーで南大門市場へ移動。火曜日のお昼時だがすごい人の数である。東大門と違い露天は少なくビルの中に店がたくさん入っている。衣類、革製品、アクセサリー、時計、メガネ、ありとあらゆるものが売られている。また、日本語が多く飛び交い店主が日本語で話しかけてくる。私はほとんど買い物目的ではなく、見物がメインであった。S社長とMさんは、仕事で扱うアクセサリーなど一生懸命探していた。あまりの熱心さに私とYさんは、近寄りがたくしばらく別行動で付近を散策したのであった。

 とにかく見て回るだけでも楽しい。クリスマスの一週間前ということもあり緑や、赤の装飾に目をひかれ、店や屋台などついつい足をとめて見てしまった。

       
南大門市場のビル    餅?お好み焼き?    ポンテギ、風下注意!?

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 しばらく歩いて見物するとお腹がすいてくる。おいしそうなものが見えていれば、
なおさらである。買い物を一段落した社長組と合流し、豚の頭が飾ってある?食堂へ入った。注文したのはトッポッキと辛ラーメン。別に辛ラーメンは日本でも食べれるが無性に食べたかった。韓国ではラーメンというとインスタントであり、生めんのラーメンが無い。しかし実にこのインスタントのラーメンがうまい。辛さは多分店の人がわざとセーブしていてくれていた
 お腹が満足したところで一旦ホテルへ帰ることとなった。買った荷物を置くことと、人と待ちあわせしているためであった。テグに住む私の友人が、自分が仕事でソウルまでこれない代わりにその人に案内をさせるということらしい。非常にありがたい話である。ホテルのロビーに16時待ちあわせということだったが、相手の顔が分からない。恥ずかしかったが、それらしい人に次々に声を掛けていったが「アーニョ」(ちがいます)しか返ってこなかった。

     
トッポッキ(餅の甘辛炒め)  ちょっとピリピリ、でもおいし〜   おでん、だしが命


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その後携帯電話へ連絡をとり何とか会うことが出来た。名前はシンさん。27歳の大学生で、日本に一年留学経験があるとのこと。また、大学では日本文学を勉強しているということでとても日本語が上手である。現在は冬休みであるが就職活動中にもかかわらず快くきていただいたことに感謝しきりであった。見た目にも若々しく爽やかな好青年であった。

 我々のリクエストで地元の人が行く大きなショッピングセンターへ案内してもらった。ソウルの中心部には大型店がないとのことで、ジャンボタクシーを呼んでもらい、江南(カンナム)まで、車で20分ほどの移動であった。韓国はタクシーやバス、鉄道など交通料金がとても安い。ジャンボタクシー(ホンダオデッセイみたいな車)といっても、模範タクシーと同一料金であり、1,000円も掛からなかった。
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 またしても、大量の物資を買い込んだ私たちはホテルへ帰りせっせと荷造りを
することもなく夜のソウルへ繰り出した。S社長の友人のパクさんと待ちあわせをして、地元で評判の焼肉屋へ案内してもらった。この焼き肉屋がすごい。大通りから結構歩いた小路にあり、鉄道線路の脇で、しかもテントのような建物であった。中は狭くテーブルが10個ぐらいあり、夜9ごろだったが満員で外で待たなければならなかった。他にも焼肉屋が立ち並ぶ一帯であったがこの店だけ満員であとはガラガラであった。肝心の味については、さすがとしかいいようがなかった。炭火の上で一口大の牛肉を網焼きし、酸味の効いたあっさりしたタレにつけて食べた。シン・ウーチェルさんもこの店のことは知っていたようであるが、実際食べたのは初めてだったらしい。

地元に評判の焼肉屋さん 焼肉&チゲ、マシッソヨ〜

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焼肉、キムチ、チゲ、ご飯、どれもおいしかったがビールと焼酎がおいしくて、
また飲むペースが早まってしまった。いつもの飲酒量から比較すると全然少ないはずであるがひどく酔っ払ってしまった。これが地獄の始まりであった。食事の途中から記憶がほとんど残っていなかった。シンさん、Yさんとどこかへタクシーで行ったと思うのだが、つぶれてしまっていた。ビールはいつもより少ないぐらいだったし、焼酎が効いたのだと思う。韓国焼酎おそるべし

≪第3日≫

 案の定、二日酔い。S社長とMさんはまた、南大門へ行くとのこと。私はとてもそれどころではない。ホテルを出発する午後2時すぎまで時間はあったが、頭は痛いし吐き気はひどいし、なんとかホテルの外を歩いてみても気分がすぐれない。
 旅行会社の車に乗ってからがまた一苦労であった。途中で吐き気をもよおし緊急停車。あわてて駆け込む公衆トイレ。一回ですんだとはいえ、皆さんへは迷惑をかけてしまった。反省しきりである。おもえば、前回の韓国旅行でテグを訪問したときも最終日二日酔いであった。進歩の無い自分。
 順調なフライトを続け、無事に予定通り19時過ぎ鹿児島へ帰着。2泊3日、といっても実質は2泊2日みたいなものだった。早かった。駆け足だった。また、ソウルへ行きたい。もっと寒いソウルを体験してみたかった。
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 2002年韓国を初めて訪れ、韓国語の勉強を始め、韓国の友人も出来た。今まで関心が無かった隣国との距離が急速に縮まった劇的な一年であった。 次は、来年春韓国旅行が出来ればと思う。韓国語の勉強も大きなテーマだが、韓国酒との付き合い方もまた、大きな課題となった。「日韓国民交流年」は終わっても、私の日韓交流はまだ始まったばかりである。

                                  おわり


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