「波」〜宮園豊則先生〜

 宮園豊則先生とは,私の祖父の弟です。
 西之表市の安城小学校の教師をしていた豊則先生は,昭和23年8月14日,わずか27歳の若さで亡くなりました。自分の命を投げ出し,教え子を救ったのです。

 ・・・夏休みの暑い日差しの中,修学旅行の資金にするため豊則先生と子どもたちは稲刈りの作業をしていました。作業を終え,子どもたちにせがまれた豊則先生は,みんなで安城海岸へ泳ぎに行きました。ところが,泳いでいるうちに教え子3人が波にさらわれ,沖へ流されていきます。豊則先生は,おぼれかかった2人を両腕に抱え,海岸まで泳ぎ着き,もう1人を助けに海へ戻りました。死力を尽くして残りの1人を助け出しましたが,力尽き果てた豊則先生はそのまま波にさらわれ帰らぬ人となってしまいました。

 豊則先生の悲しき殉職は波紋を広げ,翌年,教職員組合が中心となり「宮園豊則先生顕彰碑」を安城小の校庭の一角に建立しました。碑文には,「宮園先生は教え子三人の生命を逆まく怒濤より守り・・・(中略)・・・この碑ある限り,宮園先生の生涯をわれわれの生涯として,正しく強く進もう」と書かれています。また,それとあわせて紙芝居「波」も作製されました。
 
  紙芝居「波」を見る
※画像が多いため,読み込みに時間がかかります。
 
 この話の舞台は我がふるさと種子島ですが,紙芝居の存在を知ったのは,なんと大和村でした。今里の宮田勇三さんが,「子どもの頃『宮園先生』という紙芝居を見て子ども心に感動した。今でもよく覚えている。」と話してくださったのがきっかけです。まさか,自分の祖父の弟である豊則先生のことを知っている人が大和村にいるなんて,本当にびっくりしました。この紙芝居は,県内の学校に配られていたのかも知れません。
 すぐにあれこれ探し回りましたが,もう50年以上も前の紙芝居です。もう残っていないのではとあきらめかけていたら,豊則先生が勤務していた安城小に大切に保管されていたのです。本当にありがたいことです。

 今でも,種子島に帰省したら,欠かさず豊則先生のお墓参りをしています。私も同じ教職の道を歩んでいますので,豊則先生の生き方に恥じないよう頑張って行かねばとと思っています。