
紙芝居「波」
宮園豊則先生顕彰委員会 鹿児島県教職員組合 製作
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| 一 この紙芝居を,故宮園豊則先生の霊前に捧げます。 これは,鹿児島県 種子島 安城小学校の悲しい出来事です。 (歌)〜我は海の子白波の さわぐいそべの松原に 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしきすみ家なれ〜 この島に生まれ,この島に育った宮園先生は,受け持ちの六年の子どもたちが,自分の弟や妹のようにかわいかった。 |
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| 二 南の島,種子島 安城小学校六年の教室の窓からたのしい歌が流れてくる。 この合唱の中に,宮園先生の澄んだ声も聞こえる。 波の音がここまで聞こえる。 この波が子守歌のように宮園先生を育て,この子どもたちも育てて来たのである。 カンカン・・・ 終業の鐘が鳴った。 |
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| 三 子どもたちは運動場に出た。 陽に焼けた黒い顔が一緒になって「先生,野球をさせてください。」と言った。 「よしよし,決して負けても,泣いたりうらみに思ったりしてはいかんぞ。愉快に楽しく遊ぶんだね。」 「プレイボール」 両親に早く死に別れた宮園先生には,子どもたちは美しい花園である。 |
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| 四 雨。南の島には毎日雨が続いた。安城小学校の田植えがもう始まった。 「一本の苗も粗末にしてはいけないぞ。」 「一粒でもたくさん米を作ろうね。」 「日本は今,病気をしているのだ。その病気が一日でも早くなおるように,米をうんと作るんだね。」 苗を植える子どもたちの上を,つばめがすいすいと飛んで行く。 この苗が,やがて刈り取られる時に,悲しい出来事が生まれることも知らずに,宮園先生は子どもたちと共に,ほほえみの中に苗を植えた。 雨が霧のように降っている。 |
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| 五 サトウキビ畑を吹いてくる風は,甘い香りがする。 宮園先生は,榕樹の下に野外教授のひとときを持った。 子どもたちは明るい顔で言った。 「先生。先生は朝鮮から引き揚げて来られたのでしょう。朝鮮の話をしてください。」 「さあ,どんな話をしようかなあ。それじゃ,先生が朝鮮の学校に居たときの美しい話をしよう。」 「それは・・・」 |
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| 六 「先生がいた朝鮮の田舎の学校の校庭に,大きな椋(むく)の木があった。“かささぎ”が巣を作るんだよ。“かささぎ”というのは朝鮮の“からす”だよ。」 「ある日,大風が吹いた朝,学校の子どもたちが,巣から落ちた“かささぎ”のヒナを拾ってきて,みんなで虫をとってきてやったり教室で育てていたが,可愛そうに,とうとう死んでしまったのだ。」 「子どもたちは非常に淋しがって,その死んだ“かささぎ”のヒナを椋の木の下に埋めて,小さなかささぎの墓を作ったよ。毎朝子どもたちは,綺麗な野の草花をその小さな墓に手向けていた。その子どもたちの中には,日本の子どもも,朝鮮の子どももいるんだよ。」 「朝鮮の人たちはみんな親切だよ。朝鮮は良いところだよ。講和条約でも結ばれたら,先生はまた朝鮮に行きたいね。」 宮園先生の顔は,子どもたちの様に明るい。 |
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| 七 「日本が自由に,どこでも行けるようになったら,君たちはどしどし日本から出かけて行って,世界の人たちと心から手を握りあって,戦争のない,美しい平和な世界を作るんだね。」 宮園先生の瞳は,めがねの中に輝いている。 |
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| 八 「さて,君なども何か良いことを考えてごらん。たとえば村の人たちが喜ぶようなことをね。」 「先生。」一人の子どもが手を挙げた。 「いい考えがあるか。言ってごらん。」 「はい。私どもの村の道は,石ころばかりで非常に悪くて,みんな困っています。それで,この道の石ころを取り除いて,きれいにしたら,村の人たちがきっと喜ぶと思います。」 「よしよし。いつからやる?」 「明日からやります。」 「みんなでどうする?」 「やります!村の人たちはきっとよろこぶと思います。」 沖を行く汽船の汽笛が聞こえる。 |
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| 九 あくる日,宮園先生は教職員組合の大会の為,鹿児島に行くことになって,ある集落にさしかかると子どもたちが一生懸命道路の清掃作業をやっています。 「ああ,みんなとうとう始めたね。ご苦労,ご苦労。」 子どもたちが自発的に村のために働こうとしている気持ちが宮園先生の心にひしひしとせまって,何かうれしいものがこみ上がってくるのです。 「先生,きれいになったでしょう。」 「ああ,きれいだ。まるで鹿児島の道路のようだね。」 「先生,鹿児島の会に行かれるところ?」 「うん,昨日話したように組合の会に行ってくるけど,秋の修学旅行のことについてもよく調査してくるから皆で仲良くしているんだよ。」 「はい。」「はい。」「行ってらっしゃい。」 「早く帰ってきてくださいね。」 |
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| 十 子どもたちに送られながら教職員組合の会に出会した先生は,文化から遠く離れているこの淋しき島の子どもたちの幸福のために,悲しい戦争の痛手を取り戻し,住みよい平和な世の中をうち立てるには教育の大事なことや,教育をさかんに立て直す問題について,真剣に燃えるような熱をもってお話をなさるのでした。 会が終わると休む間もなく島に帰り,空に輝く星を仰ぎながら,馬にむち打って子どもたちの待つ学校に急がれる先生です。 明日からの子どもたちとの勉強や,村の人たちと一緒に働く稲刈り作業のことを考えながら,軽い児馬のひづめの音と,さわやかな海を渡ってくる風に美しい口笛を吹きながら (口笛)〜夕空はれて秋風ふき 月影落ちて 鈴虫なく 思えばにたり故郷の空〜 |
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| 十一 昭和23年8月14日土曜日 「みんな働けよ。刈り入れがすんだら舟に乗って鹿児島に行こうね。」 「鹿児島はいい所だよ。」 宮園先生の明るい声が聞こえる。 さく,さく・・・稲は刈られていく。 子どもたちは額の汗を手で拭きながら言った。 「先生,帰りに泳ぎに連れて行ってください。」 「連れて行くよ。今日は暑いから水泳の練習をしよう。」 赤いカンナの花にはげしい太陽が照りつけている。 (歌)〜生まれて潮に浴(ゆあ)みして 波を子守の歌と聞き 千里よせくる海の気を 吸いてわらべとなりにけり〜 |
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| 十二 「土用波が高いから遠くに行っちゃいけないぞ。」 宮園先生は沖に立って子どもたちを見守っている。 大きなうねりが“どうっ”と打ちよせる。 しかし,これ位の波は島の子どもたちは平気である。 波の中に,子どもたちのうれしい顔がアヒルの様に浮かんでいる。 「波が来るよ−。みんな岸へ上がれ!」 宮園先生は大きな声で叫んだ。 その時,立ち後れた三人の子どもがぐんぐん沖へ流されていく。 「ああ,危ない!」 |
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| 十三 宮園先生は,身をおどらせて二人の児童を両腕に抱き込んで上がった。 「先生!」 波の中にまた叫びが沈んだ。 宮園先生は,稲妻のように波をくぐった。 ・・・波が白く崩れた。 |
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| 十四 白い波の中に,可愛い教え子を捧げて渚へ歩いてくる宮園先生の神々しい姿が見えた。 溺れる三人の教え子を救い上げたよろこびと安心とが,さっと宮園先生の心を走った。 瞬間,大きな引き潮の波は宮園先生の足をすくった。 あんなに泳ぎの上手な宮園先生も,白波に巻き込まれてしまってはどうすることもできない。 「ああ,先生がいない。」 「先生がいない!」 |
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| 十五 青黒い波の中に白い泡が浮いている。 「宮園先生ー」 「宮園先生ー」 ただ,波が打ち寄せるだけである。 尊い子どもの命を救い,自らは波にのまれていった先生。 わずかに二十有七年の生涯。 教育,子どものためと誓いながら,あまりにも悲しい。 波! 波! 浮き沈みのいまわのきわにあって,にこやかでやすらかな先生の顔に,父のごとく,兄のごとく,慕いよって離さなかった子どもたちのあどけない姿が浮かんできたことでしょう。 |
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| 十六 子どもたちは「先生!先生!」と泣き叫んだ。 救われた子どもの一人が苦しい呼吸の下から「宮園先生はー。」とかすかに口走った。 しかし,周りの人たちはこれに誰も答える者はいない。 村人は舟を出した。 舟は木の葉の様に揺れる。 波は心憎くも渚を洗って走っていく。 |
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| 十七 悲しきままに,海は暮れていった。 たいまつの灯が渚を行き来している。 「おーいー。」 「おーいー。」 波の音の中に村人の声が聞こえる。 半月に波が白く光るのみである。 |
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| 十八 朝,子どもたちは海に出た。 渚の砂の上の足跡は,村の人たちが朝早くから宮園先生を探し歩いた足跡であろう。 朝日の中を,千鳥が鳴いて波を越えて行った。 昼過ぎても,何の知らせもない。 子どもたちは,村人と共に悲しみに沈んでいった。 |
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| 十九 午後五時過ぎ,夕日に輝いている金色の海の中に宮園先生の死体は発見された。 「静かなる笑い。」 それは,成すべきことを成し終えた喜びの顔である。 宮園先生のなきがらは,村人と子どもたちに守られながら悲しく渚を行く。 子どもたちは,海を見るたびに宮園先生の尊い教えを思い出すことでしょう。 |
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| 二十 安城小学校の教室の窓からも海が見えます。 三人の教え子を救い上げ,そのまま波に沈んでいった宮園豊則先生は,遠く海の彼方から,いつも静かに笑って,安城の子どもたちの成長を 父のごとく 母のごとく きびしく やさしく 見守っていらっしゃることでしょう。 |
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| 二十一 今日も空は青く晴れ渡り,海は静かに広々と世界の果てまで続いています。 全国の子どもたちや,先生方,そのほかたくさんの人たちが宮園先生の尊い行いと人柄を偲んで建てられた顕彰碑の前で,子どもたちは悲しい思い出にふけっています。 宮園先生がいつもおっしゃっていた, 「遠く海をへだてた世界の人たちと手を握りあって 平和で美しい世界を作るんだ。」 という教えにこたえて強く大きく育っていこうと誓いあっています。 おわり |