「正義と勇気の教育」分野  個と心の糸を編む

             道徳教育改革集団「個と心の糸を編む」担当  内山義朗
 
 
              21世紀の決意
 私の記憶が確かならば、かつて「マルドウ学級づくり研究会」なる団体があった。
 会員約30数人。「マルドウ鹿児島」メンバー10数人+「目的に賛同する」メンバー約20人。
 北は宮城県・山形県から、南は鹿児島県の徳之島から、やる気に満ち満ちた方が参入してきてくださった。
「マルドウ学級づくり研究会」立ち上げ宣言をしたのは、1996年8月11日。マルドウ全国合宿の自己申告講座にて。
 だれかがやらねばならない仕事だと思った。内山義朗ができるだけのことは、自分のためにもやって損はない仕事だと思った。 
 1996年9月、「マルドウ学級づくり研究会」通信NO.0号を発行。
 以来、「90円切手を貼り付けて宛名明記の返信用封筒」を10枚添えて、参加表明されたメンバーに発行。そして、マルドウ鹿児島メンバーに。
 確か20号あたりまで発行している。
 手元に残っているNO20の発行日が1998年9月2日。このころ雑誌論文の執筆や
研究会ほか、やるべきことが飽和状態になってきていた。
 1998年12月15日夜、1通のFAXが届いた。主旨は、次の通り。

 マルドウ通信の企画・実務一切をマルドウ鹿児島でやってみませんか?とりあえず
1999年4月から2年間です。今までのマルドウ通信の形式にはこだわらなくて結
構です。
 
 1998年度の冬休みからは、マルドウ通信の編集・発行の仕事に取りかかった。
 以来、「マルドウ学級づくり研究会」通信は、ごぶさた。手をつけきれなくなった。
 マルドウ学級づくり研究会に参加し、実践を送ってきた仲間。手紙を送ってこられた仲間。励ましてくださった方々。
 多くの方々との出会いもあった。「マルドウ学級づくり研究会」の取り組みに手を着けきれなくなっている状態だけが、心の片隅にひっかかり続けていた。 
 マルドウ鹿児島のサークル例会は、20世紀の終わり約8年間続けてきた。マルドウ鹿児島メンバーには、通信「まるどう」の編集・発行への協力もいただいた。
 マルドウに参加したこの8年間、次から次へとやりたいことが出てきた。同時に、さまざまな方々との出会いがあった。
 校務以外の仕事の依頼も増えた。「お願いされた仕事は断らない」主義で、受けてきた。それが、教師としての価値ある内容であるかぎり。
 がむしゃらにやってきた。「自分の力量に応じて」なんて考えずに。したがって、いつも、いっぱいいっぱいのところでやってきた。そして、今も・・・・・・・・。
 そのため、その時その時の理解者一人一人への期待に応えられるほどの仕事はできえていない。力量相当の仕事しかできえていない。期待に反して迷惑をかけたものもある。 
 しかし、常にいっぱいいっぱいのところで取り組むことで、私自身の教職員としての腕前はずいぶんと向上した。
 9年前の実践を振り返ると、いつしか自らの力量がぐんと上がっていることに気づく。9年前には、まるでできなかったことが、ずいぶんとできるようになった。授業でも、教育課程編成がらみの仕事でも。
 いよいよ21世紀。道徳教育改革集団メンバーとして動く。そして、道徳教育改革集団本部事務局メンバーとして。
 担当は、次の三つ。
1「正義と勇気」の教育分野「個と心の糸を編む」担当
2 道徳教育改革集団機関誌「まるどう」担当
3 道徳教育改革集団九州事務局
 あと、道徳教育改革集団鹿児島事務局というのもあったが、鹿児島はメンバーも多いし、道徳教育改革集団の目的および会則に賛同する方も多いので、どなたかにお任せしようと考えている。 
 20世紀に、手をつけながら目的を達成できえなかった「マルドウ学級づくり研究会」の仕事に、再チャレンジする。
 当時の「マルドウ学級づくり研究会」は、次の二つの目的を設定していた。

A 「個と心の糸を編む」方法を集め広める。
B 道徳授業と連動させることで効果をあげる「学級づくり」の諸方法を集め広める
 
 道徳教育改革集団メンバーとして、Bには今後も取り組む。当然だ。
 しかし、担当として「全国に呼びかけ、教育技術を収集し広める」点では、Aにターゲットをしぼる。
 ということで、「個と心の糸を編む」方法を集め広めていく。「個と心の糸を編む」教育技術の共有財産化をめざす。
 具体的には、インターネット上での情報発信・情報交換、ホームページ上での方法群の提示。さらには、可能ならば、書籍出版へ向けて動いていく。
「個と心を編むとは?」については、1996年5月24日にいただいた深澤久氏のFAX文書をご覧ください。次ページから3ページに渡って掲載する。
 この文書が、「個と心の糸を編む」意識を強くもちながら実践してきた私の支えだから。そして、「個と心の糸を編む」方法の共有財産化をちょっぴりは進めてきた「マルドウ学級づくり研究会」の原点だから。
 かつて発行した「マルドウ学級づくり研究会」通信0号に載せてあったのを探し出した。文字もだいぶ霞んでいたので、頑張ってワープロ打ちした。

「@学級づくり研究会」(仮称)への覚え書き
1996.5.24.深澤
 
 
1.「いじめ」にせよ「不登校」にせよ、「何が原因だ」という問いから出発すれば、結 論は大方決まっている。例えば、教師(特に担任)であり、家庭(特に親)であり、ク ラスの他の個達であり、本人であり、社会であり、・・・・。
  どこにウエイトをかける かは異なっていても、総花的であることに変わりない。
  これでは、何の解決策にもならない。要するに、原因は、本人と本人を取り巻くすべ ての人々、ということになってしまう。「皆が悪いのだ」という総懺悔になるだけであ る。
 
 
2.教師として、「いじめで自殺」という事態を生み出さないために何ができうるか?
  二つしかない。




 

A:今担任している子どもたちの中で「いじめで自殺」という事態を生まないよう
  にすること
B: かつて担任した子どもたちが「いじめで自殺」しないようにすること
 
  この二つの具体的な手法は様々あろうが、両者の共通点は次の一点である。


 

 個と心の糸を編む
 


 
 
  これができれば、少なくとも「教師が「知らない」うちに子どもがいじめで自殺」と いう事態は防げる。
  なぜか?
  その子が、教師に「告白」してくるからである。
  もちろん、その子がその教師を信頼していなければ、上学年になればなるほど、自ら 「告白」することなどありえない。「チクッタな」などと言われ、ますますひどいいじ めにあう危険性があることをその子が感じ取るからである。
  その子が「これ以上ダメだ」と感じたとき、脳裏に信頼できる人の顔がよぎれば、自 殺以外の行動をしていったかもしれない。
  この、ギリギリの「最終局面」の中で脳裏をよぎる存在に、私はなれれば、と思う。
  もちろん、ギリギリの「最終局面」などない方がよい。すべての子どもたちが少々の 悩みと大きな希望をもって、幸せに生きていった方がよいに決まっている。
  が、現実はそうではない。

「@学級づくり研究会」(仮称)への覚え書き
1996.5.24.深澤  P2
 
  そして、目の前の子どもたちが数ヶ月後・数年後にギリギリの「最終局面」にぶちあ たるかもしれない。別の学校に行ってから、そうなるかもしれない。
  だからこそ、今から目の前の子どもと、
 


 

  個と心の糸を編む
 


 
 ことを意識的に、取り組んでいく必要がある。
 
 
3、では、
  個と心の糸を編む 、とはいったいどういうことなのか?
  もちろん「心」には糸などないし、「心」という実態が存在するわけでもない。仮に 「心」が脳にあるとすれば、脳を糸のように編むことなどできるわけがない。
  では、どういうことなのか?
  今のところ、少々感覚的に回答しておく。






 

個と心の糸を編む 、 とは、変な言い方をすれば、
・その子が「大切な素敵な思い出だ」と感じるような二人っきりの秘密をいくつも
 もつ、ことである。
・その子が「自分のことを先生は見ていてくれている」と実感するような事実を積
 み重ねていくことである。
 
  この程度でよいだろう。
  個と心の糸を編む 、という、今一つ正体のわからない言葉おまま にしておいたほうが、今のところよい。
 
 
4,個と心の糸を編む 、その深澤の手法としては、例えば「夜のラブ コール」・「突然のラブレター」・「ミニ賞状」・「「落とし」の説教」・「卒業の色紙」・「二 人からの遊び」などがある。
  こうした手法は、いっぱいあったほうがよい。
  第一に、子どもが個々違う人間だからである。
  第二に、教師も個々違う人間だからである。性格も違うし、得手不得手も違う。
  だからこそ、多くの手法を創出し・集め・公表していくことが必要である。

「@学級づくり研究会」(仮称)への覚え書き
1996.5.24.深澤  P3
 
  そして、どの手法を選択するかは、その教師自身に委ねればよい。
 
 
5,以上のことをコンセプトとした「研究団体」を結成したい。
 「@学級づくり研究会」(仮称)である。
  学級づくりではいっぱいやりたいことがあるだろうし、多くの分野・課題があるだろ う。そのことを承知の上で、当面は、個と心の糸を編む ことに絞っ た「研究団体」としたい。どの「団体」もやっていないからである。
  そこで、趣旨に賛同し気合いのある方(々)に、「@学級づくり研究会」(仮称)の 中枢(事務局および代表)をやっていただきたいと思う。本来なら言い出しっぺの深澤 がやるべきだが、現状では無理である。
  当面の「活動」目標は、「道徳授業改革双書」一冊発刊、である。
  そのための一助と して、(1)「道徳授業を楽しく」のページの提供、(2)@通信 ・@がらみイベントで のアピール、等の場を用意する。
  もちろん、中枢になるのだから、それなりの「リスク」は伴う。例えば、時間を少々 そのために割かねばならなくなるだろう。書く量も増えるに違いない。イヤになること もあるだろう。(イヤになったらやめればいいだけのことだ。なくて現状維持なのだか ら。気楽に、そして、ミステリアスに「活動」を作っていけばよい。)
  今までの@の活動内容とは、全く違った感じがするかもしれない。が、深澤の中では 同一直線上にある。道徳授業が「表舞台」とすれば、これは「裏舞台」である。両方が しっかりしてこそ、様々な子どもたちに対応できる幅広い力量を持つ教師といえる。
 
  今年度中に全国の教師に向けて「立ち上げ宣言」をして立ち上げ、来年一冊出す、こ の位のスピードである。@内ネットとしてスタートし、うまくいけば「自立」する。「会 則」も必要になろう。作成していただくことになる。
 
いかがだろうか?
 いかがだっただろうか。約5年前の深澤久氏からのFAX文書を全文ワープロ打ちして
示した。
「個と心の糸を編む」実践については、いくつか次の書籍に掲載済み。 



 

『道徳授業を楽しく』(編集長;@代表 深澤久 、発行;明治図書)
NO10(1997年11月20日発行)からNO15(1999年3月1日発行)
 
 当時の「マルドウ学級づくり研究会」がタイトル「個と心の糸を編む」で連載させていただいたぶんである。
 ということで、「個と心の糸を編む」の分野については、いくらか着手している。
 しかし、まだまだ。「個と心の糸を編む」方法は、数多く知っていた方がよい。
 それは、子ども個がそれぞれに違うからである。個への対応の効果的な方法も異なってくるからである。
 一方、教師は子ども全員に対して仕掛けるが、子ども個は「一個人」として受け取る方法もある。例えば、内山義朗が『道徳授業を楽しく』NO10で示した「タイムカプセルクイズ」が、そうである。
 といったように、「個と心の糸を編む」方法は、多岐に渡る。教師と子ども個による「1対1の対応」もあれば「数人の集団に対する対応」もある。いつでもどこでもできる方法もあれば、特定の子や特定の時・場所に限って実施可能な方法もある。
 道徳教育改革集団会則にある「一般性と特殊性」に配慮して分類して示すことも、必要だ。ケースバイケースで使っていけるように、より多様な方法を集めたい。
 といったこともふまえて、まずは、内山義朗が20世紀にやってきた「個と心の糸を編む」方法のいくつかをインターネット・ホームページ上で近日中に示す。是非ご覧ください。

      内山義朗のホームページ「WE NEED JUSTICE」
     URL http//www4.synapse.ne.jp/yoshiro/
 
 「こんなことなら私もやっている。」「こういうのも効果的だったよ」という方法があったら、ぜひお知らせください。「こんな点から、この実践はまずいよ。」「書き方がいまいち。」「こんな点をもっと示した方が追実践しやすいよ。」なんてことも大歓迎。
 連絡先は、次の通り。
  内山義朗
  ML; yoshiro@po2.synapse.ne.jp.
 
 次号で、論文の書式と実践5本程度を示す。インターネット上で、書式や実践についても語り合えたらいいな。