バイク王国プラグポイント物語

 誰もが大なり小なり夢を持っている。高校のとき、友達と約束した夢を30年経ったいまでも果たせないでいる。そんな夢とは、バイクでオーストラリアの一番南のアデレードから一番北のダーウィンまで延びる道を、ただ走りたいだけである。そんな思いがあるからバイクはやめられない。誰もが果たしたい夢がある。その夢に向かって、ひたすら走り続けていくしかない。 そこにバイクがある限りー。

夢を追いかけて

バイク大好き

 よく聞かれる。どうしてライダーハウスを作ったのかと。

いつも答える。ただバイクが好きだからと。

 バイクが好きーもう遠い昔の話になるが、高校のころ、いまではレトロバイクのホンダ CL90というバイクに乗っていた。バイクは色々なところに連れていってくれた。

 それは、未知の世界へ旅すようでで、わくわくさせてくれた。友達とスクラップを集め、モトクロスバイク?を造り、レースごっこして遊んでいた。

 高校を卒業し、大阪に就職する。バイクに乗る機会がなくなるが、いつも思いはあった。エンジン音やオイルの焼ける臭いがたまらなく好きだった。雑誌は毎月買ってみていた。いつかきっとバイクに乗ってやるという思いで・…。

  仕事の関係から、やっと暇ができたのはなんと35歳を超えてからだ。よし、乗ってやるとバイクやさんで買ったバイクは、高校のころ乗っていたCL90と同じ位の程度のホンダMTX200R。アライのヘルメットを手に入れ、昔とったなんとやら、これくらいなら乗れるさ、軽くスロットルを開けると、200CCのパワーは、いきなりウィリーしそうになってびびってしまった。

 30Kmの道程を、3時間かけてやっと家までたどり着く。それだけで冷汗混じりの汗をどっとかいてしまった。   「なんて恐ろしいものを買ってしまったのだろう」と、思ったが後の祭。大枚15万円を出して買ったものを返すわけにいかず、恐る恐る林道に繰り出すようになった。  

   

恐怖のショッカーとの出会い

 林道を一人走っていたが、なんとなく面白くない。限界もある。誰かいっしょに走ってくれる人はいないかと、雑誌を見ていると、オフロードクラブショッカーが会員を募集していた。これかしないと思い、入会する。 が、これがなんと林道を走ることよりも、獣道や登山道を好んで走るショッカーだったのだ。楽しんで走るというよりも、命がけで走るという感じ。バイクはボロボロになり、週明けにはいつもパーツを注文し、修理の連続であった。おかげでメンテナンスも覚えていった。

えぐい所、吐きそうになるところ、恐ろしいところ。でも面白い、最高!                           友達が増える。それも下は高校生から上はおっちゃんまで。といっても、自分は一番上に近かったけれど.、皆若い。「年のど関係あらへんは」と思い、獣道や登山道を走りまくった。そのときは、バイクは2台目で最強といわれたDT200Rに替わっていた。レースにも出た。会社の人間以外の人々と付き合う面白さ。酒飲んでも上司や会社の愚痴や悪口なんて出ない。出るのはバイク、バイク、バイクの話ばかり。時には女の話も出るけれど、めちゃ楽しかった。

しかし、そんな楽しいショッカーとも別れ、3年間の都会でのバイクライフにピリオドを打つことになる・・・・・・・・・・。家庭の都合で大阪をあとにし、家内の実家ある鹿児島の鹿屋へと移り住むことになったのだ。