Scene 

 

 

とある町のとある風景 その5
 

 

 


 車の流れは、途切れることなくスムーズである。信号機が、赤色の「歩くな」に変った。交差点で待っていた人達が、一斉に道路を横切って行く。その姿を横目に、繁華な通りへと歩いて行った。

「おい、見ろよ」 友達が通りの向こうを、ゆびで指した。見ると、二人の警察官が若い男を捕まえている。パトカーは、道路の横に停めてある。パトカーの赤いライトが、不気味さをかもし出している。近くの人達は、その様子を見ることもせずに、知らない顔をして遠ざかる。余程、慣れているように写った。

・・・何があったのだろう・・・

立ち止まり、道路向かいの捕まっている若い男に目をやった。若い男が、頭の後ろに、両手を上で組んだ。警察官達は、男をビルの壁の方へと引っ張って行く。男は、ジーンズにブレザーである。男は両足を広げ、ビルの壁に両手を着いた。警察官が、男の身体を手探りで調べている。もう一人の警察官は、横で見張っている。

ピストルを持っていないか、調べているんだろう?  友達に聞いた。まるで、映画を見ているようである。

「そうさ、撃たれたら大変だからね。いつものことさ。警察官に、職務質問されたら、ポケットには、手を入れてはいけないよ」 何故だい?  「相手が、ピストルを出すと誤解するのさ。胸のポケットから、身分証明書を取り出そうとして、撃たれた人もいるんだよ」 そんな、・・・。

「身分証明書などは、警察官の手で取って貰うことさ。それが、自分の身を守ることだろうね。それが一番安全さ」 身分を証明しようとして撃たれるなんて、ばかげているよ。「そうさ、クレイジーさ」彼は、両手を大きく広げて見せた。

「とにかく、両手を上に上げて、抵抗しないことを見せれば良いのさ。あの男は、何か盗んで捕まったのだろうね」 盗みでねえ・・・ああやって、ピストルを持っていないか調べるとはね。 「仕方ないよ。ピストルで自分の身を守っているそんな国さ、ここは」 ふうん・・・。自分で自分の身を守らなければならない。それも、ピストルによって。

「じゃ、行こうか」 うん。 なんとも、複雑な心境であった。

 

芝生の上は、ぽかぽかと暖かく、何時までも横になって寝ていたい心境である。名前を呼ぶ声に、目を開けた。太陽の光が、眩しく又目を閉じた。

「何時まで寝ているのよ」 うっ、うん〜。 「さあ、起きて、起きて」 なんだ、君か・・・うん・・・今から練習するのかい? 「そうよ、ねえ、練習するから見てて」 女伊達らに空手の練習とは、恋人に嫌われるぞ。「いいのよ。そんな彼じゃないの」

黒帯を締めた彼女の姿が、凛として見える。どうしても空手の形を見て欲しいらしい。恋人に、見てもらえよ。「空手は知っているんでしょ?  さあ、起きて」 彼女は、急かせる。東洋人は、当然の事として空手を知っていると思い込んでいる。知らないと、いくら説明しても無駄であった。

眠たい目を擦りながら、起き上がった。

形の練習が始まった。空手をやっている友達から聞いたことを、少しずつ思い出していた。なかなか、上手いじゃないか。彼女の気合の入っている声が、響いている。もっと腰を入れて・・・そう、そう、・・・基本が一番大事なんだぞ。もっと、拳を前に腕を捻るようにして、突き出す。

よし・・・。捻ると、力が倍増する。解ったね。「ええ、解ったわ。こうね」そうだ。よし、そこで足を蹴り上げる。よし、出来る。

練習は、一時間も続いた。「有難う。やっぱり、あなたの教えは、良いわ」彼女は、汗を拭きながら微笑んだ。「今度、警察署に見学に行くんだけど一緒に行かない?  彼と約束しているの」 うん、良いよ。彼女は、警察官を目指して勉強中である。

いつ行くの? 彼女達にスケジュールを合わせて、見学に行くことになった。

待ち合わせていた場所に、車が止まった。「さあ、乗って」と、彼女が窓から顔を出した。今日は、警察署に見学に行く日である。時間通りであった。車は、大きなエンジン音を響かせて走り出した。見慣れた風景が、後へと流れて行く。「あそこよ」彼女が、指差した。車は、警察署の駐車場へと入って行く。車を停めて、中へ入った。受付を済ませると、彼女の知り合いから、各部署などを案内してもらうことになった。貫禄のある警察官だ。腰に下げているピストルが、重そうに目に止まった。

床にひかれている絨毯が、やけに気になる。まるでホテルである。各部署では、皆忙しく動き回っていた。取調室は、薄暗く感じる。隣の部屋から見えるようになっている。・・・なるほどね・・・大変な仕事だなあ・・・彼女が、こんな仕事を選ぶとはね・・・。受刑者の中には、刑務所を出たくない人もいるらしい。それ程、心地よい生活なのであろう。

勉強になった一日であった。この上なく、彼女に感謝した。

 

騒々しい音に、窓越しに外を見た。・・・が・・・何の変化も無いように思われた。「ヘリコプターだよ」 友達が言った。 ヘリコプターだって? 「そうだよ、犯人を空から探しているのさ」 えっ、空から? 「外に出てみようか? 危ないかも知れないけど」 ああ、出てみよう。

外に出ると、暗い空の上から、サーチライトで何かを探している。サーチライトは、右へ左へと移動している。エンジンの音が、うるさく響き渡り、ヘリコプターの姿が、異様に写る。彼の言っている、犯人を探しているのだろう。ヘリコプターは、大きく右へ傾き移動する。

パトカーも、その方向へと移動して行った。 「見つかったようだな」 見つかったって? 「そうさ、逃げたって無駄さ」 そうだね。逃げたって無駄なことだね。

それにしても驚いた。犯人探しに、ヘリコプターを使うとは、進んでいると思った。

「さあ、事件に巻き込まれないうちに、部屋に戻ろう」 うん。

彼の部屋に戻ると、つけっ放しになっていたラジオからは、事件とは縁遠いであろう愛の歌が流れている。 ・・・これもまた、人生かな・・・

「酒でも飲もうか?」 良いねえ、飲もう。 「この辺は、泥棒が多いからね」 彼は、高級住宅街に住んでいる。泥棒が、狙っても不思議ではない場所である。彼の家を訪れる度に、見回るパトカーを目にしていた。

「さっきの事件は、別に珍しいことではないんだよ。驚いたようだけど。さあ、飲もう」 彼から渡されたグラスには、ウイスキーが注がれている。

ゆっくり、胃袋の中へと注ぎ込んだ。ラジオから流れているラブソングが、先程の事件を忘れさせてくれる。

彼は、いつもの雄弁な彼に戻っていた。

 

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